素弁瓦当


百済系高句麗系新羅系







《百済系》


天理参考館収蔵品
 飛鳥寺及び飛鳥寺創建瓦の文様系統を受け継ぐ瓦のことを「百済系」と呼びます。これは瓦の技術が百済から伝わったとされる事に加えて、飛鳥寺の瓦当文様に酷似したものが百済の古代寺院から出土していることによります。
 百済の瓦当は、素朴ながら比較的洗練された蓮弁をもちます。
 左のように八葉の花びらと楔形の間弁を持ち、蓮子は、真ん中の一つを取り巻くように配置されるものがよく見られます。
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 古代日本における百済系瓦当紋様の変換を、飛鳥寺から順に追って行きたいと思います。

・飛鳥寺

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星組
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花組
 創建時に使用された軒丸瓦の紋様は、素弁と呼ばれるとてもシンプルな物ですが、文様だけでも大きく二種類に分ける事ができ、これらは、蓮弁の形から大まかに「星組」「花組」と区別されています。
 蓮弁の形が綺麗に花びらのようになっているものを「花組」、蓮弁の先端に珠点のあるものを「星組」と言います。「花組」は、主に塔・金堂等主要伽藍に使用されている事から、「星組」よりも僅かに先行する文様だとされています。
 (素弁十葉蓮華紋軒丸瓦(花組)素弁十一葉蓮華紋軒丸瓦(星組)飛鳥寺の出土瓦/飛鳥資料館)
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(飛鳥寺出土)
明日香村埋蔵文化財展示室収蔵品

 しかし、明らかに百済の系譜を引いていると思える物は、花組の素弁八葉のものだけで、それ以前の素弁十葉はもとより、割り付けのしにくかったであろう星組の素弁九葉や十一葉は百済には見られず、模倣以外に独自の創意工夫もなされたと言われています。


photo by 真神原風人さん
 飛鳥寺の瓦と言えば、元興寺極楽房に葺かれている瓦を思い起こされる方も多いと思います。本堂と禅室に葺かれている瓦の約14%が飛鳥寺のもの、そのうち4%の約170枚が飛鳥寺創建時のものになるそうです。
 これらの瓦に赤っぽいものと灰色っぽいものがあることに気付かれた方もいらっしゃると思いますが、飛鳥寺の創建瓦に限って言えば、この色の違いが瓦の製作技術を見分ける一番わかりやすい方法だと言えます。これらの瓦は、基本的にその焼き方に違いがあり、赤っぽい方は須恵器の製作方法との類似点も認められる事から、初期の瓦作りには須恵器の工人(職人)がかなり動員されたとする説もあります。

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何故色が違うのか?
色の違いは、瓦を焼く時の窯への空気の供給量の違いに対応し、赤っぽいのは「酸化炎焼成」と言って窯に空気を十分に供給して、粘土内の鉄を充分酸化させる事で酸化第二鉄を含み赤みを帯びるそうです。反して灰色っぽいのは、「還元炎焼成」と言って、焼成最終段階で燃料補給口を塞ぎ、空気を遮断する事で窯内が酸欠状態になり、鉄の酸化が充分に進まない事から、酸化第一鉄を含む事になり灰色になるそうです。
が、古代の瓦の色の違いが全て、飛鳥寺創建瓦の場合に当て嵌まるわけではありません。念の為。
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 「花組」と「星組」は、この他にも製作技術に多少の違いが認められるので、既にこの時点で造瓦に関わるこの二組の集団があったと言われています。ちなみに、赤っぽいのは「花組」、灰色は「星組」の製作と言われています。
 これ程はっきりした違いは、日本に瓦造りをもたらしたとされる百済には認められない現象で、この二組の集団は、日本で新たに組織された可能性があるそうです。
 飛鳥寺南東にある「飛鳥寺瓦窯跡」が花組の使用窯であるとされています。製作方法の異なる星組も、おそらく個別に瓦窯を所持していたんでしょうが、御所市の上増遺跡近辺であろうと言う推定がされているだけで、その窯跡の存在は分っていません。

 飛鳥寺では実に様々な種類の瓦当が使用されていました。星組・花組はもとより、同じ花組にしても八葉・十葉と蓮弁の数の異なる瓦当が使用されています。


《百済系・飛鳥寺以後》

 飛鳥寺をルーツとする百済系瓦当文様は、この後意匠や技術等に展開を見せつつ継承されていきます。
 飛鳥寺で使用された軒丸瓦の瓦笵は、その後、豊浦寺→斑鳩寺(若草伽藍跡)→四天王寺へと移動している事が各々の出土瓦から解っています。(詳しくはこちらへ 豊浦寺若草伽藍
 改笵された物そのまま使用された為劣化の度合いがかなり進んだ物などがみられます。 中には、建設途中で瓦笵が多寺へ移動したと考えられるものも存在するそうです。時間の経過に伴いそれぞれの地域で新しい紋様の展開も見せていきます。

 百済系の瓦当を受け継ぐ主要な紋様は、「奥山久米寺式」「船橋廃寺式」「若草伽藍出土」のものがあげられます。

・奥山久米寺式…(620年代)

(奥山久米寺出土)
明日香村埋蔵文化財展示室収蔵品
 紋様的には、飛鳥寺の「星組」よりも花弁が規則正しく割付けられています。製作技術は、「星・花」両方の影響が認められるそうで、最古の瓦笵による鬼板(飛鳥資料館)は、この奥山久米寺式になります。
(手彫りの鬼板は、若草伽藍出土が最古)

主な出土地…奥山久米寺跡・豊浦寺・中宮寺

・若草伽藍出土…(620年代)

現四天王寺軒丸瓦
 若草伽藍(斑鳩寺)は、紋様・技術とも「星組」の影響を刻受け継いでいます。
 創建瓦は飛鳥寺・豊浦寺使用の星組で、その流れを受けた上記の紋様は、弁端珠点の消滅という方向で展開され(640年代)、飛鳥を除く広範囲で使用された形跡があります。船橋廃寺式の祖形となったとも言われ、四天王寺創建瓦としても使用されています。


主な出土地…若草伽藍・四天王寺・難波宮下層遺跡

・船橋廃寺式…(630年代後半)

現法輪寺軒丸瓦
 花組の流れだと言う説と、上記の若草伽藍の弁端の珠点が完全に消滅した次に出現したと言う両説があるようです。
 半円球の中房が特徴的で、弁端が反り返りに変化しています。全体的にポッテリと肉厚で、柔らかい印象を受ける瓦当紋様になっています。弁端の反転を徐々にシャープに表現する方向に展開していき、法輪寺で最終段階となった船橋廃寺式は、この後木之本廃寺式の祖形になったとも言われています。
(よく似た紋様で中房に十字の割線を持つ物を軽寺式と呼ぶ場合もあります。)


主な出土地…豊浦寺・奥山廃寺・法輪寺


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《高句麗系》


天理参考館収蔵品
 半島でいち早く瓦の生産を始めた高句麗は、楽浪の影響を濃く受け、中房の分割表現や大きめの蓮子蓮蕾紋や突線・珠点の表現など百済系とは、見た目もかなり違う物になります。また、赤褐色の瓦が特徴で、飛鳥寺創建瓦の技術面でのルーツであるとも言われています。


豊浦寺》 610年代以降

豊浦寺出土有軸素弁八葉
photo by真神原風人さん
奈良文化財研究所飛鳥資料館収蔵品
 建立の詳しい経緯はわかっていませんが、出土する瓦の年代観から飛鳥寺の次に着手された事に間違いはなく、この豊浦寺が高句麗系瓦当紋様の初見に当たると思われます。(近年の詳細な検討によって、高句麗系ではなく、新羅の影響を受けた”新羅系”の瓦当文様であるとも言われます。)
 これと酷似する紋様は、ソウル清潭洞(チョンタンドウ)遺跡に出土例がありますが、花弁に軸の表現が無いなど異なる部分も多いようです。この種の瓦当が高句麗系と呼ばれるのは、弁間に珠点を置く、花弁に軸を有するなど高句麗瓦の特長を表している事によるようです。
 この他、百済の影響も多少認められることから「高句麗百済系」とも、百済系の星組・花組と共に、代表的な初期の瓦当紋様であるとして、「雪組」とも呼ばれる場合もあるようです。

 豊浦寺については、こちらへ 豊浦寺跡

 また、ほぼ同時期に弁数の異なる瓦当が、斑鳩でも使用されていました。

天理参考館収蔵品
photo by 笑いネコさん
 左は、「今池瓦窯跡(イマイケガヨウアト)/奈良県生駒郡」出土の「有軸素弁九葉蓮華紋軒丸瓦」になります。
 今池瓦窯は、主に中宮寺に瓦を供給していた窯跡になります。

 豊浦寺と中宮寺の高句麗系瓦当は、弁数だけでなく造瓦技術にも若干の違いが認めらています。
  飛鳥寺を拠点とした百済系瓦当紋様が、飛鳥及び大和を中心に展開したのに対し、高句麗系瓦当紋様は、主に大和以外の機内に広がる傾向にあるようです。

 河内の一部地域・和泉・南山背などを中心に、瓦当を大きくしていくもの、珠点を失うもの、花弁の増加、弁端が尖るものなどと、わずかながらにそれぞれの展開をみせます。
 これら一部地域に集中して展開を見せる原因は、窯や寺院の所在地などから秦氏の関与、高麗寺との関係から狛氏の関与など、それぞれの地域に拠点を持つ豪族との相互関係にあるとされる説もあります。

主な高句麗系瓦当の出土地…豊浦寺・和田廃寺
                   ・中宮寺・平隆寺
                   ・衣縫廃寺・船橋廃寺・土師寺


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《新羅系》
 669年に半島統一を果たす新羅は、その前後で「古新羅」「統一新羅」と区別されます。

・古新羅

六葉素弁蓮華文軒丸瓦
天理参考館収蔵品

八葉素弁蓮華紋軒丸瓦
天理参考館収蔵品
古新羅系は、これといった特徴のない紋様と言えるかもしれません。
 蓮弁の形状・中房の蓮子の巡りは百済に、蓮弁の中央に起伏(稜)を持つ物や中房を分割表現している瓦当もあり、これらは高句麗の影響と思われます。
 古新羅の瓦は、百済・高句麗両方の影響を受けて製作されたと考えられているようです。

坂田寺出土軒丸瓦 photo by 真神原風人さん
奈良文化財研究所飛鳥資料館収蔵品
 古代日本では、「平等坊・岩室遺跡(天理市平等坊町)」や「坂田寺跡(奈良県高市郡明日香村)」出土の軒丸瓦が、この系統にあたるのではないかとも言われています。



・統一新羅
基調はやはり蓮華紋ですが、鳥や動物など、華麗で繊細な紋様が沢山現れます。軒平瓦や鬼瓦など道具瓦に凝った意匠が施されだすのもこの頃になります。
また、宝相華紋や、鳥・天人等華麗な紋様のセンも大量に作られたようです。

宝相華様蓮華文軒丸瓦
天理参考館収蔵品

飛天文軒平瓦
天理参考館収蔵品

葡萄唐草文軒平瓦
天理参考館収蔵品


葡萄唐草紋軒平瓦
天理参考館収蔵品

 統一新羅の華麗な文様を受け継ぐ瓦当と言えば、今のところ私には岡寺出土の軒平瓦(岡寺出土軒平瓦/飛鳥資料館)しか浮かびません。
 瓦当面を上下に分けて、上には「鋸歯紋(キョシモン)」下には「葡萄唐草紋(ブドウカラクサモン)」が施されています。 

また、紋様センは、岡寺出土の鳳凰セン(/飛鳥資料館)天人セン(/飛鳥資料館)が有名ですし、宝相華紋は正倉院御物の中には、多数見受けられますが、やはり、古代日本において、これらの紋様は瓦当としてよりも、他の工芸品などで見られることの方が多い気がします。


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《その他》

 6世紀末〜7世紀初頭、畿内で寺院建立が開始された丁度その頃、飛鳥寺の流れとは別だと思える瓦が出土している地域があります。

・九州
 日本三大古窯の一つである福岡県牛頸古窯群の「神の前窯跡」と「大浦窯跡」から、瓦当部に紋様を持たない土器と同じ制作方法の瓦類が出土しています。
出土品・・・丸瓦・平瓦・軒丸瓦

・埼玉
 「寺谷廃寺」の6世紀の可能性を持つ遺構から、大量の丸瓦と平瓦が出土しています。二種類発見されたうちの一種は、百済系の瓦当紋様を持ち、飛鳥寺創建瓦と年代的にも前後する物だということです。
 
・奈良
 奈良県広陵町の馬美丘陵にある「三吉三号墳の周濠」の出土遺物の中に軒丸瓦が含まれていたことから、付近に寺や窯跡の可能性があるとされています。この軒丸瓦は、飛鳥寺とは異なる百済系紋様を示している事から、星組や花組とは違った百済からの伝来も想定されています。

 高句麗系紋様の出現と同じように、これらも情報発信源が飛鳥以外にもあったと考え得る要素の一つになるのかもしれません。



2011.4.29. 高句麗瓦当など画像追加
2006.9.21. 明日香村埋蔵文化財展示室収蔵品 使用許可申請済みの画像数点追加